福岡から大分へ。誰にも頼らず、ふたりだけで始めた
2024年末、妻とともに福岡から大分へ移り住みました。知り合いも頼れる人もほとんどいない状態で、ふたりで起業の手続きや細かな準備を進め、ようやく2025年2月に 「株式会社アンティスター」 を設立することができました。
前職は広告業。そこからは足を洗うつもりで、 「自分の手で商品をつくる側」に回ろう と決めたのですが。これが、想像以上に甘くありませんでした。
完成目前で白紙。化粧品の難しさを思い知る
2025年3月に(構想自体は5年前から)スタートした商品づくりは、完成一歩手前までいきました。ところが、同県の某製薬会社さんとは考えが合わず、話は白紙に戻ってしまいます。
正直に言うと、こちらが目指す品質や思想に対して、化粧品を “軽く見ている” ように感じる場面がありました。「なんとなく形にする」ではなく、「本当に良いものをつくりたい」。その想いが強かったぶん、折り合いをつけることができませんでした。
ただ、現実問題として、そこは収入源として当てにしていた事業でもありましたから、妻のことを思うと、 責任の重さで押しつぶされそうな日々。収入がなく眠れない夜も少なくなかったです。
助けてくれたのは、前職時代に関わった方々だった
そんなとき、救ってくれたのが、前職を支えてくれていた2社の方々でした。私が「こんな商品をつくりたいのに…うまくいかなくて」と相談すると、即座に動いてくれて、
「あれが駄目なら、このパターンがある!」と、私が想像していた以上の提案やサポートを、献身的にしてくれました。 どれほど心強かったことか。
10月、ようやく理想の「首のシワ専用クリーム」が完成
そして2025年の10月。ようやく、理想としていた 安心院化粧品の 首のシワ専用クリーム が完成しました。
思えば、大分に移り住んでから1年。その間の収入は ゼロ。 出費だけが毎月、とんでもない額で消えていきました。「やっていけるのか」という不安が消えた日は、正直ほとんどありません。
それでも、Amazonで発売を開始して丸2ヶ月が経過し、少しずつですが、毎日2〜3人の方々が商品を買ってくださっています。そして、ありがたいことに感想までいただける。
まだ、安心して生きていけるほどの収入には届いていません。それでも 「誰かが買ってくれている」「誰かが言葉を残してくれている」 ――この事実が、どれほどの希望になるか。身に染みています。
30代の自分と、今の自分は違う
30代のころの私は、どこか「自分ひとりで生きている」感覚がありました。周りが要領悪く見えて、部下や上司の仕事を奪うようにして抱え込み、朝から早朝まで動いて、睡眠は2時間ほど。1年のうち、10日も休めないような日々でした。
でも今は違います。自分の力で立ち上がっている感覚は確かにある。けれど同時に、妻の支えがあり、関係各社の支えがあり、お客様の支えがある。
そして私は、 「こんなにも多くの人に活かされて、今こうして生活ができている」 ということを、心の底から痛感しています。
感謝してもしきれません。必ず、この恩は返さなければならない。そう強く思っています。
2025年は挑戦の年。そして「活かされている」と知った年
2025年は挑戦の年でした。そして、多くの方々に 「活かされていること」を知った年 でした。
2026年は、今度は逆に、感謝されるような会社でありたい。感謝されるような人間でありたい。そのために、やるべきことをひとつずつ積み重ねていきます。
最後に
2025年に、株式会社アンティスター、そして「安心院化粧品」に関わってくださった関係各社の皆さま、そしてお客様。本当にありがとうございました。
皆さまが良い年を迎えられることを、心より願っております。私たちは2026年も、一層頑張ります!
